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2005年8月 8日 (月)

負けられない

約半年前に親父が倒れた。
脳血栓である。
正確にいうと突然倒れたわけではなく、車を運転しても毎回どこかにぶつけるし、急激に体が動かなくなっていた。
おかしいな、と思っていた。
その矢先に法事で大分に行ったら、もう、帰りの運転ができなくなっていた。苦労して、親類が助けてくれて、何とか帰ってきた。で、診察の結果が脳血栓。

それから入院していたが、回復の可能性もないということで退院した。回復しないから、退院なのだ。
本人も焦っていたと思うのだが、無事を周囲にアピールしようとして、私の子供を乗せてドライブに出かけた。
案の定、車は大破して全損した。幸い、本人も子供も重傷には至らなかった。

父は中学を卒業してすぐに働いた。45年働いて定年。それからも会社からOBとして雇用されて65才過ぎまで働いた。
製鉄所のクレーン乗りだった。本人曰く、腕は良かったらしい。

私は親父と同じ会社に就職した。鼻高々だったようだ。大卒で就職すると、いわゆるエリートコースだった。
周囲に言いふらし過ぎて、家には嫌がらせの電話がかかってきたりした。多分、親父の同僚からだ。
「頼むから黙っててくれ」
と親父に文句を言ったが、それでもとても嬉しそうだった。

それを「レースがしたい」という理解のできない理由で辞めた。
両親ともに泣いて反対した。
とてもつらいことで、今でも思い出すと涙が出てくる。
自分の判断が間違っているのかどうか、最後までわからなかった。
親を泣かしてまでやるレースって何だろう。
でも、結論はレースをやりたい、ってことだった。

親父は転職などできなかった。
嫌なこともあったろうと思うけど、45年も同じ会社で働いた。
日本の基幹産業を支えたひとりであると思っている。

親孝行とか、そんな安っぽい言葉をいう気は全然ないのだが、今では尊敬をしている。

私など、他にやりたいことがあればすぐに辞めてしまう。
どちらがいいのかよくわからないのだが、働き続ける方がよっぽど大変なのは間違いない。
辞めるという選択肢など、親父には無かったに違いない。
気の強い人間だったので、周囲との諍いもあったと思う。

我が家は貧乏だった。
小学生の間、買ってもらったもので記憶にあるのは、風呂の帰り(家に風呂が無かった)に
「ジュースを買って」
と母親にねだったら、たった一度だけ買ってもらえた。
「本当に、本当に、買っていいの?」
と何度も聞き返したので記憶に残っている。

私は自分からは何も言わないが、両親はなぜか受験に行くことを知っている。子供が遊びに行って話しているのだろう。
子供にも話していないのだが、その辺はよくわからない。

実家はとても近いので時々顔を出すのだが、受験が近くなると
「これを持って行きなさい」
と、わずかであるがお金をくれる。「要らない、金には困ってない」ともちろん言うが、強引に渡される。
45年も働いたのでそれなりに年金はもらっているようだ。

「お前の選んだ道なんだから頑張りなさい」

全ては自分のためにやっている。
でも、この勝負、やはり絶対に負けられない。

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