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2006年1月19日 (木)

俵差し

オリックスの監督等を歴任された仰木彬さんが亡くなられた。
実は高校の先輩である。

そんなことで高校時代のことに思いを馳せていると、ふと思い出すことがある。体育祭のメイン競技である「俵差し」である。

これは我が母校の伝統の競技である。

ルールは簡単である。

正確には覚えていないが、4人一組で、各学年から2組ずつの構成だったと思う。(我が母校の体育祭は学年対抗である)

その4人が順番に俵を頭上に担ぎあげて、限界が着たらリレーをしていくのである。落とすと失格である。粘り過ぎて、落とすことも多かった。

俵の重さはよく知らない。だが、仮にもこの競技の代表に選ばれたということは、間違いなく学年でも力自慢のはずだが、その力自慢をもってしても、持ち上げきれないことがある。それほど重かったのだと思う。

競技が始まると、グラウンドは異様な熱気に包まれる。怒号も飛び交う。この競技で、下級生に負けるわけにはいかないのだ

ところが、柔道の団体戦で先鋒が全員抜きをやるかのように、ひとりで「差しきってしまう」ことが時々あるのである。もう、その学年は新しいヒーローの誕生を半狂乱になって喜ぶのである。

前日までただのデブだと思われたいたヤツが、突然、体育祭を境にしてヒーローになることがあるのである。まさにアメリカンドリームである。

こんな変な競技だが、間違いなく体育祭で一番盛り上がった。

大学を卒業して製鉄メーカに勤務することになった私だが、本部の運動会の実行委員となり、競技を提案する際に、すぐにこの「俵差し」を提案した。同期は「何が面白いのか訳がわからん」と言いながらも、渋々受け入れてくれたが、俵を入手するのが難しい。

そこで、資料をワラ袋に入れて持ち上げようってことになって、嫌な予感がしていた。さらに競技内容を本部長に打診した際に「ただ持ち上げるだけでは動きがないし面白くない。運ばせろ。」って話になっていって、結局、私の提案した「俵差し」は「資料運び」という競技名で開催されたのであるが、すでに単なる障害物競走であった。

「俺、資料を運ばせる障害物競走なんて提案してないよ」

と悲しい思いで運動会を見ていたが、あまりの資料の重さで結構運ぶのが難しく、最後の直線で足がもつれてしまったのだが、資料の重さゆえに、資料をモーメントの中心として、一回転してしまったヤツがいた。つまり、一回転して着地して、そのまま走りきったのである。力学的に美しかった

運動会を本部席で観戦していた本部長が、競技全般に渡って面白くなさそうにしていたのだが、その一回転した瞬間に、腹を抱えて笑ったとのことであった。

よくわからないが、本部長を笑わせたのだからやってよかったのかな、と思った。

でも、きっと、今でも我が母校では、この伝統の「俵差し」をやっているはずである。

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