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2006年7月

2006年7月30日 (日)

目標達成

こんばんは。トレーニング評論家のガレ兵です。

ついに減量の目標を達成した。13キロの減量である。
当初は半年で達成するつもりだったが、この間にVoiceへの挑戦もあってなかなかコントロールが難しい時期があったためにちょっと遅れてしまった次第である。

昨日の自分に勝てる気がする」のおおたにさんも書いているが、私の9ヶ月に渡る減量の経験から言うと、1ヶ月に2キロの減量が限界である。

一時的に落とせばいいとか、多少は健康に目をつぶればもっと体重を落とすことは可能である。体重をコントロールする、いわゆるダイエット商品の類は、体の水分量を減らすなどして、短期的に体重を落とすものもあるように聞く。

しかし、あくまでリバウンドのない、健康的な体重のコントロールは、筋肉をつけて基礎代謝量を増やしながら消費カロリーを増やし、体重を落とす必要がある。これが難しい。

目標は達成したが、私の身長での「標準体重」には程遠い。でも、自分の体なのでどれくらいのウェイトの時に一番体調がいいのかはよくわかっている。本当はあと5キロ落としたいのであるが、それは基礎代謝も増えた現在の体であれば、もう少し長期的な視野の中で落としていけるだろう。

2005年10月に成田空港で開催された「ガレ兵を励ます会」で、富士登山に強烈に誘われたことから目指した減量である。ひとまずは目標に対する取り組みとしては終了としたい。

さぁ、次の目標は、、、、

JNCIEである。
打倒networker!
俺は負けない。

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2006年7月27日 (木)

九州には信号がない

九州には様々な伝説があって、誤解であることも多い。
過去に言われたことでおかしかったのは下記である。

・九州の人はご飯に焼酎をかけて食べる
 =>いや、お茶漬けじゃないんですから、そんなことしません

・九州の人は柔道か剣道のどちらかが強い
 =>授業でどちらかを習うので、その程度ですよ

・人間の数よりも牛の数の方が多い
 =>そんなバカな。。。

どうせバカにされるくらいなら、こちらからふざけてみようと思って、私がよく使うのは

九州には信号がない

というギャグである。

「この前、天神にはじめて信号機が付いてね。」

みたいに言うと、一度だけ「へぇー、そうなんですか」と本気にされた事がある。
そんなわけ、ねぇだろ!

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2006年7月26日 (水)

お菓子ミーティングが存亡の危機

現在、全くお菓子など食べていない。
ハッピーターンを食べないとCCIEに合格できませんよ、くらいにお菓子の有効性を主張し続けてきたが、減量の目標達成を目前にして、さすがに食べれない。

1000円分のお菓子を一瞬にして食い尽くしていたあの頃が懐かしい。

ということで、お菓子ミーティングは存亡の危機に瀕している。
プレーンのヨーグルトを食べるとか、様変わりすることになるだろう

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2006年7月21日 (金)

30分くらいが一番きつい

ジムでランニングをしていて、30分経過時点くらいが一番きつい。走り始めの直後にまずきつくなるが、そんなところで根を上げるようだと、そもそもトレーニングなどはできない。

30分くらいになると「いつやめようか」で頭がいっぱいになる。体力的にも厳しい。ふらふらになる。

しかし、俺は負けない。

35分までは走ろう
xxキロまでは走ろう
xxキロカロリーまでは走ろう

と目標をくるくる変えながら、その苦しい時間を何とか切り抜ける。
そして40分を超えたくらいからはもう大丈夫。
あとは60分までは走り抜けれる。
もっと走れる状態であるが、疲労回復などいろいろ考えて連続した有酸素運動は60分でやめることにしている。

一番きついときにどうそれを乗り越えるのか。

単なるトレーニングではあるが、これくらいを耐えれないと、その他の事も乗り越えることなんてできないだろう。なーんて大げさに考えることもなく、淡々とトレーニングができるようになるといいな。

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2006年7月19日 (水)

またひとり壁を越えた

http://overseasandbeyond.blogspot.com/
のKoichiさんがついに壁を越えた。つまり技術の神となった。
素晴らしい。年齢などは関係ないと思うが、自腹で挑むためにはある程度の収入があることが前提で、多分、若いので給料も安いだろうから(全く失礼なことを言ってすいません)、相当に厳しい闘いであったと思う。

合格はちょっと前から知ってはいたが、本人の発表を待つというのが礼儀なので今までガレ兵ブログでも公開を避けていた。

実は、某日、北九州市内の某所でKoichiさんとガレ兵は緊急会談を行っている
会談の内容は、私がJALへのクレームの歴史を延々と語りかけることで終始した(ウソ)。

会談の内容はKoichiさんのブログでの発表を待つことにしよう。
ここでひとつだけ確実に訴えておきたいのは、お茶代は高給取りであるガレ兵が支払っているということだ

無謀にもSecurityを目指すと言っている。あんな試験、絶対に合格できないから、と脅しをかけている。それでも力強く「やります」と言っている。

彼ならやれるかもしれない。

立ち止まることは、他のCCIEに対して失礼である。
これからも頑張って下さい。
本当におめでとうございました。

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2006年7月16日 (日)

目標まであと少し

皆さん、こんばんは。トレーニング評論家のガレ兵です。
最近、このネタばかり書いています。

実は事情があって、私は一日に2回もジムに通っています。
朝と夜です。

朝のメニュー
・時速10キロのランニングマシンで一時間走る。

夜のメニュー
・ステップマシンで負荷を高くかけて一時間登る。
・水泳でゆっくりと30分泳ぐ。クロールは息継ぎが苦しく溺れそうになる(涙)
・筋トレを30分。但し切れた筋肉繊維の回復も考慮して同じ筋肉は48時間休ませる。
・腹筋と背筋は毎日鍛える。24時間で回復するから。
・ホエイプロテインをぐびぐび飲む。

以前のエントリーで13キロ痩せることを目標に掲げましたけど目前に迫ってきました。現在11キロ痩せて、目標達成まであと2キロです。筋肉も付けているので毎日体重が落ちるわけではないんで苦しい日々です。

一日に2回のジム通いを始める前から、ダンベルを自宅で使用していました。現在はジムで全てやっているんで自宅でダンベルを使うことはほとんどないです。

プロテインはホエイを飲んでいます。

その甲斐あって、上半身は間違いなく硬くて大きな筋肉が付いてきました。
(注:ダンベルは上半身のみを鍛える器具ではありません)

体脂肪はあまりに恥ずかしいので以前の数値を公開できませんけど、10以上のマイナス数値となりました。

なぜ急激に太ったのか理由はわかっているんですけど、半分はSPそしてVoiceへの無謀な挑戦のためです。あと半分は仕事上のことです。詳しく書きません。

目標に達したらジム通いを続けるかどうかわかりません。
ただ「CCIE取得を目指すならジム通いをしろ」みたいな変なスピリッツを流行らせてしまった責任上、細々と続けると思います。

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2006年7月14日 (金)

2500キロカロリーをジムで消化する

現在、猛烈な勢いでトレーニングの負荷を高めている。私には残された時間が少ないのだ。今まではギリギリ1000キロカロリーに達するかどうかのところまでだったが、現在は2000キロカロリー超まで高めた。

水泳もやっているので、それを加えると2500キロカロリーを超えているかもしれない。

食べ物にも寄るが、一日で摂取しているカロリー量は2500キロカロリーくらいである。要するに摂取しているカロリー量と同等分を運動で消費している計算である。

おや?
こんなことでいいの?
筋肉を付けて基礎代謝を増やすために摂取カロリーを増やす必要がある?

うーん、奥が深い。

単に体重を落とすだけなら簡単だが、何せ、富士登山が前提のトレーニングである。科学的に行わないと富士来光さんが怒るだろう。

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2006年7月10日 (月)

クロールが泳げない

最近、ジム通いにスイミングも取り入れた。私は以前、水泳の選手だった時期がある。平泳ぎの選手だった。普通、平泳ぎができるということはクロールもできる。当然である。

子供の頃、海水浴場で泳いでいて「これ以上沖に行ってはいけませんよ」というブイを超えて、すいすいと沖に泳いでいったことがある。ふと後ろを振り返ると岸が見えなかった。建物は見えていたので、恐怖を感じながらも生還した。それくらい、泳ぎには自信があった。

ところが、全く泳げないのである。さすがに平泳ぎだけは体が覚えているのであろうか、何とか500メートルくらいは泳げるが、クロールが全くダメである。息継ぎをすればするほど苦しくなる。昔、息継ぎが苦手なヤツを笑っていたが、自分が苦手になっている。

クロールで25メートルを泳ぐとゼイゼイ言っている有様である。

60歳をはるかに超えていると思われるスイマーの方々が悠然とクロールで連続で泳いでいる中で、私は「泳ぎの下手なITおやじ」に成り下がっている。

かなり落ち込んでいる。

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2006年7月 9日 (日)

日本語CCOなんて見ない

大体のところを調べればいいという要求ではなく、CCIEを取ろうとしているくらいなので、私は日本語CCOなんて見ないことにしている。入札案件で、日本語のPDFとかが必要な場合は別であるが。

自動翻訳とかいうページも出現して、ほとんどのドキュメントが日本語CCOに移植されているようで便利に思っている方々も多いと思うが、それでも私は見ない。

正確にいうと、少しずつ充実を始めたので、少しだけ日本語CCOを見ていた時期もあるのだが結局、また見なくなった。

なぜなら、、、、

誤訳の可能性もあり、結局、原文を確認しないと不安で仕方ないからである。
それくらいならはじめから英語を読んだ方が良い。

何箇所か誤訳を発見しているが、致命的でないこともあり、結構、致命的なこともある。

これは私自身が発見したことではないのだが、Dialer Watch についての解説の部分である。

http://www.cisco.com/warp/public/123/backup-main.html#summary

を読むとDialer Watch は「All dynamic routing protocols supported.」と書いてある。
しかし、下記のドキュメントを見て欲しい。

http://www.cisco.com/japanese/warp/public/3/jp/service/tac/123/backup-main-j.html#sum

「IGRP/EIGRP/OSPF だけをサポート。」と書いてある。この時点で致命的であると思いませんか?

英語で不得意で英語CCOを読む事を苦痛に感じている人がいることも知っているが、残酷かもしれないがはっきり言っておくと、英語に慣れるしかないというのが結論である。

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2006年7月 8日 (土)

シューマッハは素晴らしい

F1やその他のプロフェッショナルモータースポーツの表彰台をみていて思うことがある。

シューマッハは素晴らしい

ということである。彼は表彰台の真ん中に立てない場合でも、不機嫌な顔をしたりすることはない。多分、心の中は違うのだと思うけれども、常に満面の笑みを浮かべている。

ガレ兵は、自分自身ではアマチュアだと思っているのだが、ライセンスが国際なので賞金レースにも出場でき、そういう意味ではプロである。走りはしょぼいですけど。所属チームは、実はかなり有名なチームである。だからチームにスポンサーが付いているのである。ガレ兵個人にスポンサーが付いたことは過去に一度しかない。

冗談でも、自分のチームに付いているスポンサーの悪口とかを言ってはならないし、できる限りその商品を人に勧めたりすることも忘れてはならない。オイルはBPである。

優勝を逃して、表彰台でぶすっとしているヤツがいるが、スポンサーからみてそんな姿をみたいだろうか。もっと大きな観点からいうと、多くのモータースポーツファンがどう感じるだろうか。ぶすっとして、悔しいという気持ちをアピールしたいのもわかるが、私はそういう輩を真のプロと呼びたくない。

スポンサーをはじめとして多くの方々に「モータースポーツは素晴らしい」と思わせることも、大事な仕事であると思う。そういう仕事をきちっとできる人間が、資金を集めることもできて、結果的にレース活動を有利にできるのである。

そういう点でシューマッハは素晴らしい。
プロとして一流であると思う。

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2006年7月 6日 (木)

3550系でのACLのmatch数の表示

こんなこと当たり前のように知っている人もいるかもしれないけど、知らんかった。それでかなり、あーでもない、こーでもない、と焦っていた。

3550系のスイッチでACLを書いているとして、sh access-list で各行のmatch数を調べようと思ったら、match数が表示されてないのである。

結局、そのACLを適用しているところが

・Layer3として稼動しているinterfaceもしくはSVIでは、表示
・L2のacceessポートは、非表示

となるみたいです。

そんな細かい仕様、知らんですよ。

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2006年7月 5日 (水)

生き抜いた男、カズ

中田の引退で報道関係が騒がしい中、カズの話題である。
あまりにも悔しいことなので何度でも書いてしまうが、私はカズ(と北沢と市川)がフランスW杯で最終メンバーから外された際に、これは会社でnikkansportsの速報で知ったのだが、涙を流した。

多くのカズファンは、選考結果自体には異論を挟まないはずである。調子を落としていたのは事実だし経験とか、そういうものだけでメンバーに残れるほど甘い世界ではないだろう。

ただ、城は結果的にあのW杯で潰れてしまったように感じた。彼は100%の力を発揮できる若さとキレはあったと思う。しかしそれを出すことはなく、30%くらいの力しか発揮できなかったと感じた。

カズならば80%の力をきっちりと出せたと思っている。

それがカズ。
それが何もないところに踏み出した勇気を持つ男であること。

ひと言、岡田監督から「カズ、今までありがとう」と言ってもらえればそれでよかった。
それで多くのカズファンは悔しさを日本代表を応援する気持ちに変える事ができたと思う。

情報が発達した現在ではなく、高校を中退して、あの時代にたったひとりでブラジルに乗り込んで自分の地位を確立していったカズ。

少し前に、インタビューで「フランスW杯に出ていたら人生は変わっていたと思いますか?」という質問に対して、5秒ほど考えて、正面を見据えて出した言葉は

「出ていても自分の人生はブレてないと思うよ。サッカーが好きだから。」

好きなことを仕事にすることの是非とか、難しい話題は置いておこう。

自分の好きなことを純粋に追求して、それでも自分を育ててくれた方々や環境に対して感謝の気持ちは決して忘れない。カズは、自分がカズであることを演じることを楽しんでいるのかもしれない。しかし、奥にあるのは全てに感謝する謙虚な気持ち。

networkerさんが面白おかしく書いてくれて感謝であるが、私は自分が十分に育ったとは思っていないが、育てようと周囲が気を遣ってくれたことなどは理解している。ボロボロになるまで、最後の最後に wr mem を何度もすることを忘れない限りは、続く方々の何らかの役に立てると嬉しいと思っている。

しかし、やはり年齢は非公開である。

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2006年7月 1日 (土)

踏み出した一歩

その昔、CCIEはサンノゼでしか受験できなかった。1000番台のCCIEさんたちはこの頃のはずである。その後、日本でも受験できるようになった。

日本のラボの空き状況は変動的で、突然、ガラガラになったかと思うと、突然半年後しか受験できなくなったりした。当時はオンラインの予約システムではなかったので、CCIE Admin さんにメールを出して、彼女が全てを取り仕切っていた。

ガレ兵も「次は半年後です」と言われたのである。
がーん、、、
そりゃ、待てませんよ。
モチベーションの維持ができないよ。

当時在籍した会社では、CCIE WAN Switching のために同僚が海外で挑戦を続けていた。結局、サンノゼでダブルを達成したのだが。年下だが、頭の切れは全くかなわない。いや、年下だからかなわないのか。まぁ、いいや。今でも目標とするひとりである。

そういうこともあって、部長が海外でのR&S受験を許可してくれた。

「あなたのモチベーションが下がるくらいならお金は出すので海外で受験して来なさい」

だが、とてつもなく不安だった。
オンラインシステムがなかった当時、どうやって海外のラボ予約を取るのかとか、そんなことから始まった。詳しくは忘れたが、シンガポールやその他の受験地のAdminiさんに片っ端からメールを出してラボの空きを確認していった。こんなこと、もう、自分ひとりでできそうにもなかった。受験地まで無事に辿り着けそうな気が全然しなかった。受けると決めたものの、あまりに高いハードルに感じた。いろんな人に相談して「やめた方がいいよ」と言われるのを待っている自分がいた。だが、誰も「やめた方がいい」とも言わずに受験する方向に流れはじめていた。

そういう時に彗星のごとく現れたのが天才N氏である。語学ネタを書くと怒られる決まりになっているので詳しくは言及しないが、彼は英語は得意である。全ての交渉を彼に任せることで実現性は飛躍的に高まった。

ちなみに、ガレ兵も英語は得意である。CCOを読むのに苦労することなど何もない。日本語CCOなんて読んだことがないくらいである。まぁ、日本語CCOの件は別途書こうと思っている。ただ、ガレ兵の弱点は「英会話が苦手」という事である。

話を戻して、、、

多分、天才N氏がいなかったら私の海外挑戦は始まっていない。

一歩を踏み出すことがなかったと思う。

結果、二人で死ドニーに向かったのだが、伝説のカツどんを含めたエピソードはメインのHPを参照いただきたい。英語をぺらぺらにしゃべれるというのがこんなに素晴らしいことかと感動した。

助けを借りはしたが、踏み出した一歩。
とても勇気のいる一歩だったが、自分の中で大きな変化であった。

今では「死ドニーは自分の庭だ」くらいの威張り方であるが、その影に天才N氏は欠かせないのである。

踏み出した一歩の大きさに対して誰にも文句を言わせる気はもちろんない。
文句言うなら踏み出してみろ。
踏み出してから俺のやってることにケチをつけてくれ。

今では当たり前のように海外受験に行ってくるのだが、その一歩を踏み出す勇気を支えてくれた天才N氏にはスペシャルサンクスである。

いや、あなたさえいなければ今頃はとっくに家のローンを返しているかもしれない(泣)。
そういう意味では恨む気持ちも大いにあったりして

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