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2006年10月11日 (水)

鈴鹿は特別な場所だった

F1の鈴鹿での開催にひと区切りがついた。あくまでF1の話であってバイクの世界選手権などは今後もツインリンクもてぎと鈴鹿の両方で開催されるであろう。そういう意味ではバイクでのレースの世界を走ってきた私に必要以上の感慨はないのであるが、「最後の鈴鹿」とあまりにも騒がれるので、どうしても意識してしまう。

鈴鹿は特別な場所だった。

当時ノービスというクラス(その後国内B級などと名前を変えたが)を走っていた私は鈴鹿に特別な思いを抱いていた。このサーキットで早く走らなければ認められない雰囲気が一流のライダーの間でもあり、一流ではなかった私でも特別な思いを感じていた。

鈴鹿で速いライダーはどこのサーキットでも通用した。

1991のシーズン開幕直前。HRC(ホンダレーシング)主催の走行会が鈴鹿で開催された。時々開催されるので開催そのものは特別なことではない。私は年に一度だけ開催される「ノービスのフルコースのレース」の出場に焦点を定めていた。実は鈴鹿は東コース、西コースと、ショートカットすることで半分半分を使えるようにできていて、ノービスの選手権は通常は半分のコースで開催されていたが年に一回だけフルコースのレースがあった。それに出場したいと思った。

F1の中継でもバックストレートを走る車載映像に、路面に引かれたグリッド線が映り込むが、これは西コースのスターティンググリッドである。だからバックストレートにはタイム計測のためのタワーが立っているのである。

HRCの走行会というのは、海外のGPに参加しているライダーや国内でもトップクラスのライダーが参加するものでチームライフからもエースのライダーが行くことになった。それに無理を言って一緒に行かせてもらうようにした。もちろんライフの社長の顔もある。あまりにもしょぼい走りで周囲に迷惑をかけるとライフが怒られてしまう。だから社長も迷っていたようだったが「どんなことになっても批判は俺が受けるから」と行かせてくれた。

一台のハイエースに2台のバイクを積んで夕方の19時に会社が終わってから北九州を出発した。中国自動車道は積雪でチェーン規制がかかり大変だった。トンネル内でチェーンが切れてダメかと思いながら何とか朝の6時には鈴鹿に到着した。

パドックは雑誌で見たことのあるライダーばかりである。以前書いたことがあるが、隣のピットは若井選手だった。若井選手は世界GP125CCへの参戦を坂田選手とともに決めていた。残念ながら若井選手はその後250CCに転向後、ヘレスサーキットで他界するのであるが。若井選手が整備しているところに坂田選手や上田選手が遊びに来ていた。上田選手は第二戦の鈴鹿でスポット参戦で優勝し、その後世界に旅立っていった。

正直、雰囲気にビビッていた。

走行開始。

一週目のヘアピン立ち上がりでいきなり転倒。走行枠は90分だから、85分くらいはヘアピンのところのコースポストから呆然と見ていた。午前の走行終了。

やべぇ。壊れたところを修復しないと午後が走れない。テクニカルスポーツに部品を買いに行って
「チャンバーのステーと右のステップバーの在庫ありますか?」
と聞いたら
「自分で部品番号調べてから注文して下さい」
と言われてトホホであった。そこに若井選手が現れて
「xxxxxの部品ある?」
って聞いたから
「部品番号調べろよ!」
とか思ってたら、店員さんが
「あぁ、あるよ」
だった。扱いがまるで違うよ。。。。当たり前か。

午後の走行、一応走れたが走りがバラバラだった。ダンロップとかまっちゃんとか、生命の危険を感じた。一応、ライフにはクレームが入らなかったようである。

夕方に鈴鹿を出発して早朝に北九州に到着。そのままネクタイをして会社に向かった。

そこまでして準備して望んだ5月のレース。予選に400台くらい集まり、わずか35台が決勝に進む。私は予選100番手くらいであっさりと敗れ去った。

あの鈴鹿を機会があればまた走りたい。F1が走らないだけだから今後も走るチャンスはあるだろう。

鈴鹿は特別な思いにさせてくれる熱い場所だった。
そこを目指した気持ちをいつまでも忘れない。
私にとっては資格も仕事も、そして遊びも同じ気持ちでやっている。
だから誰にも負けたくない。

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コメント

富士山も特別な場所ですょ(^^;;;

投稿: 番犬 | 2006年10月14日 (土) 01時32分

ううっ、その話題に持っていくスキを与えてしまった。。。

投稿: ガレージ兵頭 | 2006年10月14日 (土) 01時33分

わたくしにとっても鈴鹿は特別な場所で、まっちゃんでハイサイドを食らって、それを最後にレースを辞めました。

レースをやってた人間なら、いつかは、また走ってみたい場所ですね。

投稿: けいじ | 2006年10月15日 (日) 15時01分

まっちゃんでハイサイドを食らったということは、ただじゃ済んでないですね、きっと。。。
ほぼフルスピードでヒザを擦るコーナーなわけですから、命があっただけでも自分の運命に感謝しないと。

投稿: ガレージ兵頭 | 2006年10月15日 (日) 21時41分

後ろで見てた友人が、死んだと思ったらしいです。。。まぁ、自分も息ができないので死ぬかと思いましたが。。。

あれ以来、公道でもスーパーセイフティードライバーになりました。

投稿: けいじ | 2006年10月16日 (月) 18時51分

私は息ができなかったことは一度もないのですが、そもそも記憶がなくなったことは何度もあるんで、息ができなかったことを忘れているのかもしれません(笑)。
まっちゃんからスプーンにかけてあまりにも恐ろしいので「、いい加減にしろ!」と怒鳴りながら走ってました。

投稿: ガレージ兵頭 | 2006年10月17日 (火) 23時53分

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