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2006年10月 5日 (木)

今なら書ける

私は2003年のオートポリスの秋のイベントレースに出場している。エキスパートクラスと言われる、とにかく何でも有りというカテゴリーで、そのイベントで一番速いライダーたちが出場する。

その時点で5年間、全くバイクに乗ってなかった。

マシンはチームライフの母体であるホンダショップライフさんから借りた。正確にいうと、ホンダショップライフさんがHRCから提供されたものを私が借りた形である。ライフは8時間耐久にも出場し、HRCの指定ショップもやっている名門なのである。

マシンはCBR954。当時、ホンダの最強のバイクであった。しかし、全くのノーマルで一切の改造をやってない。でも、周囲はライフからのエントリーということで
「ライフさんのバイクだからすごく速いんでしょ」
と、言ってくる。

この時は何度か練習走行に行った。だが、仕事との関係で精神的に不安定でもあり、集中力に欠けていた。本当は絶対にやってはいけないが、同行者無しで練習に行って、見事に転倒した。サーキット走行は同行者がいないとできない規則である。だって怪我をしたら帰れなくなるから。

この時点でレースの3日前。すぐに壊れた箇所をライフに連絡し、パーツの在庫状況を確認してもらった。FRPのカウルもバラバラになったが自分で補修した。前日の土曜に全てのパーツが揃い、修復してそのまま夕方からサーキットに向かった。ちなみにこの転倒一発で20万円ほど吹っ飛んだ。

その時点で負けていた。
集中力に欠け、しかも、闘う気持ちを失っていた。

レース当日。
予選は雨。

レインタイヤをタイヤサービス(ライフ)で購入したが、それだけですごい出費。私はチーム員ということで安く買っているので金額を公表しないが、それでも3万とか、そんな安いお金では決してない。

決勝直前に路面はドライに変わった。
流れが最悪だった。

新品のスリックタイヤを持っていたのに、もう、混乱してしまって、2時間ほど走行したタイヤで決勝を走る決心をした。どうしてそんな馬鹿な判断をしたのか、今もって分からない。2時間も走行したタイヤは、普通は捨てるものである。レースなんだから、いくら散財しようと、常に一番速く走れる方法を考えないといけないのに、お金にビビッていたこともある。

結果、決勝は惨敗。

転倒車が出て、それを避けるために一度はダンゴ状態になったのに、そこからズルズルと後退してしまい、追いかける執念も持ち合わせていなかった。もちろん、バイクがバイクなので、Z1000で出したタイムよりははるかに速いタイムは出しているが、それは相対的なことで、全然負けである。

ガレージ兵頭のメインHPのレポートに書くこともできなかった。
封印したい記憶だった。

このレースのことだけは、絶対に書くことはないだろうと思っていた。

あれから3年。
やっとその呪縛から解き放たれた気がしている。

闘う気持ちを確認できた。
タイムがどうのこうのではない。

だから、やっと、今になって書けた。
もう負け犬にはなりたくない。

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コメント

勇気ある告白、しかと受け止めました。
負け犬は負けた時になるのではなく、負けを認めた時になるものだと思います。

応援してますよー

投稿: おおたに | 2006年10月 5日 (木) 22時29分

でも、フルマラソンの誘いからは逃げ切る予定ですが(笑)。

投稿: ガレージ兵頭 | 2006年10月 5日 (木) 22時36分

富士登山はもう逃げられませんね。

投稿: 番犬 | 2006年10月 5日 (木) 23時43分

また、話を富士山に持っていこうとしてる。。。

投稿: ガレージ兵頭 | 2006年10月 5日 (木) 23時49分

そうです。(^^;;;;

登山をすれば超最悪が最悪位になりますょ。

投稿: 番犬 | 2006年10月 6日 (金) 00時05分

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