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2007年7月16日 (月)

俺なら負けていた

つい先日、日本で二人目のCCIEの五冠が誕生したらしい。素晴らしい。

私もプロの受験家である。どれくらいの機材を集めてどういう勉強をしていけば合格に足る実力を得ることができるのかというのは、正直わかる。

いつでも五冠になれるとか、そんなことを言ってないですよ。
五冠になるためのプロセスは理解できるという意味である。

しかし、今回はとんでもないドラマがあったらしい。

理由は明らかにしないが、ラボの受験日の変更が土壇場で告げられたとのことである。つまり「今日はラボはできないのであさって来て下さい」ってことだったらしい。

受験地はベルギーである。
ちなみにここもガレ兵開拓受験地である。

俺ならきっと負けていた。

プロの受験家として土壇場での受験日の変更がどれほど大変なものなのか、それはよく理解できる。

全てをラボの開始時間に合わせて、何週間も前からピークをもっていけるように全てをマネージメントして、その場に臨むのがラボ受験である。新宿ならばそのダメージも少ないと思うが、仮にもベルギーである。

私などは直前に追い込むため、8時間を終わった時に体力がきちっとなくなるようにコントロールして、終了後はいつも倒れるほど疲労している。それが直前に「延期です」と言われるダメージはいかほどなのか。ピークをそのままに後ろにずらすことなんて考えられない。

自分自身のコンディションを保つことはもちろんのこと、少なくとも二日は遅れての帰国になるわけで、そのための仕事の段取りの変更であるとか、航空機の再手配、ホテルだって大変だ。もし自費受験だったら格安チケットで変更できず、正規運賃だととても払いきれないため、すぐに死亡だろう。その点は彼は恵まれていたという見方もできるかもしれないが、それを許してもらえるのは、普段からきちんと仕事をしているからこそ周囲が認めるわけであり、全てにおいて完璧にマネージメントできているということである

そこまで全てができての五冠達成。
単にConfig叩くのが優秀ということではない。

仕事も一流であることが、受験日の変更にも耐えたということで、はっきりと証明された形である。

全てをマネージメントできるのは、そんなにたやすいことではない。

確か、ダブルを取ったのは私が先で、トリプルは彼が先だった。お互いの状況は詳しく分からなかったが、常に意識をしてきた存在だったが、その後、私がシスコ陣営を離れたりして、大きく差をつけられてもう追いつくことは不可能だろう。

本当にお疲れ様でした。

あなたの偉業は全てのエンジニアの目標です。

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