2017年4月14日 (金)

真央ちゃんの独占インタビュー

どこのテレビ局だったか忘れたが、真央ちゃんが子供の時からきちんと取材してきたプロデューサーが、引退発表の直前に収録したインタビューが放送された。信頼関係があっての独占インタビューなのだろう。

ほとんどの映像はリアルタイムで見たり、何かのドキュメンタリーとかで見たことがあるものばかりであるが、真央ちゃんという稀代のアスリートの足跡を改めて確認させてもらって、とても幸せな気分になることができた。

多分、ソチの演技の事を熱く語っても、前日のショートプログラムと併せて、あの演技をリアルタイムで見ないとその素晴らしさは伝わらないのかなと思う。夜遅くの放送だったので録画とかではなくリアルタイムで見ることができて、心からありがたく感じている。女子柔道の谷本のオリンピック二大会連続のオール一本勝ちでの金メダルと並んで、今後も語り継がれるだろう。

各演技の後の表情も、あ!この表情はこの時だったか!みたいに、全部が懐かしい。

真央ちゃんが演技中にガッツポーズをしたのを二度ほど記憶しているが、偶然にもその二度ともその放送で見ることができた。トリプルアクセルといえば、伊藤みどりが女子では初めて決めたはずだが、カルガリー五輪では決めた瞬間にガッツポーズしてますもん^^

多分、全てのそのような感情表現を通じて、アスリートたちの裏側に垣間見える苦労などを想像して、思わず感情移入するのだと思う。

真央ちゃんは、お母さんが亡くなられた二週間後だったか、直後の大会に出場して、素晴らしい演技を披露した直後に、ほっとして、うんうんとうなづくような場面があったのだが、あれはお母さんの存在をとても近くに感じて、自分を守ってくれて、見てくれて、褒めてくれたのを感じたのかな。「真央、頑張ったね。ありがとう。」みたいなのかな。

素晴らしい映像の数々だった。

真央ちゃんのことずっと大好き。

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2017年4月11日 (火)

全てが記憶に残っている

真央ちゃんがついに引退を発表した。

ソチで引退すると思ったけど、それから「ハーフハーフ」で可能性を残して、その後に復活して今に至っている。みんな真央ちゃんのことが大好き。私もそう。

スルツカヤを破っても年齢制限で出れなかったトリノ
銀メダルに終わったバンクーバー
他のたくさんのグランプリファイナルなどの大会

何よりもソチのフリーの演技は全世界に衝撃と感動を与えたと思う。
順位なんかどうでもいい、あの演技を見ることができて幸せだと心から感じた。
涙が自然にでてきた。

全てが記憶に残っている

真央ちゃんのことはいろんな媒体が取り上げるから、それを読む事も多くて、つい感情移入することもあるのだとは思うが、真央ちゃんの競技生活をずっと支え続けたお母さんがバンクーバー直後が亡くなったのも、真央ちゃんに大きな影響を与えたんだろうなと思う。

プロスケーターとして、スケートには関わり続けるのだろうか。

でも、そんなこと今は考えなくてもいいので、闘い続けた競技生活を終えて静かに休んで欲しい。

お疲れ様でした。
そして、ありがとうございました。

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2017年3月28日 (火)

タイマーズの「そんで」

セブンイレブンで流れている忌野清志郎率いるタイマーズのデイドリームビリーバーが大好きな私ですけど、もちろんこれはザ・モンキーズのDaydream Believerのカバーです。

Daydream Believerはとても素晴らしくて大好き。
でも、タイマーズのデイドリームビリーバーは、もっと大好き。
切ない感じがより一層際立っているデイドリームビリーバーが大好き。

To a daydream believer
And a homecoming queen.

ここのAndのところをタイマーズは「そんで彼女はクイーン」と歌います。

ザ・モンキーズのファンの方の中にはこの「そんで」が下品だという方もいらっしゃるようです。でもタイマーズのデイドリームビリーバーは別の曲だと思って自分の中では楽しんでいます。

私はむしろこの「そんで」の部分が大好き。
そして清志郎のことが大好き。
FM東京事件の動画みてると勇気もらえる^^

さて、日も変わったけどセブンイレブンでサラダ買って帰ろう。

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2017年3月15日 (水)

安藤が2位、そして世界陸上へ

つい先日の日曜に開催された名古屋ウィメンズマラソンでスズキの安藤が初マラソンながら歴代4位となる記録で2位に入った。ちなみに上位は、野口みずき、渋井陽子、高橋尚子である。初マラソンの記録としてはもちろん1位である。

そんなことよりも本人にとっては世界陸上につながったことが最大の喜びだろう。
リオ銀メダリストのキルワには最後に離されたが快走だった。

同じチームであるスズキから清田も出ていたが早々に離されて3位だった。
清田にとってはホロ苦い結果だったことだろう。
だが世界陸上への切符は手中にしたと思う。
雪辱の場が世界に、と本人も期するところがあるだろう。

解説の高橋尚子も、安藤のリラックスした走法に「マラソンの完成形のようだ」とべた褒めだった。

様々な状況があってその時々で感動は違うものだが、最期の数キロの安藤の激走は、今後の女子マラソンへの期待やペースの落ちないスパートなどもあって、ゴール直後に監督(コーチ?)と抱き合って歓喜の涙を流しているところをみて、つい、こちらも涙が出てきた。

何よりもビックリしたのは解説の瀬古も「涙が出てきた」と言ったことだ。それがニュースになってないので聞き違いかとも思うが、放送をリアルタイムに見ていてビックリしたので間違いなくそう言ったはず。瀬古をも感動させる素晴らしい走り。瀬古が「力がある」と絶賛するその走り。

世界陸上、そしてその先にある東京オリンピックが今から楽しみである。
待ちきれない!

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2017年2月22日 (水)

高木美帆が速さを取り戻してきた

来年のオリンピック会場で開催された世界距離別選手権で、高木美帆が躍動した。マススタートでは巻き込まれて転倒を喫したが、姉と前後になって中盤から先頭に上がった時には興奮した。

バンクーバーに15歳で出場した高木美帆の事は確か書いたような、、と思って過去ログをみてみると、やはり書いてた!

http://blog.garenet.com/hyochin/?p=874

当時、サッカーのU-15の代表も兼ねていると書いているが、何を調べてそう書いたのか記憶では分からないが、身体能力がずば抜けているのだろう。こういう選手、大好き!

浅田真央選手がキムヨナに負けて涙の銀メダルに終わったバンクーバーの代表になって一躍有名になったが、本番では実力を発揮できず、その後、次のソチの予選会の頃には不振を極めており代表には選ばれなかった。

なお、お姉さんもオリンピック代表選手だ。

その高木美帆がオリンピックの舞台に戻ってくる(だろう)。平昌の選考は来シーズン(今年の秋?)になるが決めてくれると信じたい。

15歳の頃は、ほっぺたがほんのりと赤くてほんわかした全体の印象だったが、22歳となった現在では取材に対しても自分の意思をはっきりと示して、そのやり取りからも芯がしっかりしていると感じる。不振の時期もあって、それを跳ね返して強くなってまた世界の舞台に戻ってきた高木美帆から目が離せない!

今から平昌が待ちきれない!

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2017年2月12日 (日)

上地結衣の弾けるような笑顔

女子車いすテニス選手の上地結衣の特集をテレビ番組でやっていた。過去に車いすテニスの事にはブログでも触れたことがあるが、当時無名だった中学生の上地の事をテレビクルーに紹介したのが、男子車いすテニスの金メダリストである国枝選手だったことは知らなかった!

すごい選手がいる!と国枝選手が注目していたらしい
突き抜けるアスリートというのはそういうレベルで目に留まるのだろう

上地選手の場合、成長するに従って症状が悪くなるらしい。負けず嫌いだった上地が、小学生の低学年の頃だろうか、クラスメートに混ざってリレーを必死に走っている映像が紹介されたが、周囲の温かい理解もあったのだろうが、本人は負けることなど考えていない表情だった。

それから症状も悪くなり、車いすに。
でも、上地は負けない。
負けることなど自分の中で許されないのだろう。
リオでは銅メダルだったが、次は一番輝くメダルが欲しいに違いない。

その上地が、先月の全豪オープンで優勝し、グランドスラムに王手をかけた。
その時の弾けるような笑顔が素晴らしかった。

番組の中で、上地が車いすの前輪をぱっとあげて、いわゆるウィリーさせて段差を車いすで降りるシーンが映っていた。バランスを完全に制御していた。こりゃすげぇですわと、驚いた。

このレベルのアスリートは、もし車いすに頼るような生活でなければ、健常者としてのオリンピックに出るくらいのパフォーマンスなんだろう。

まだ22歳。次のパラリンピックも楽しみだし、グランドスラムの達成も見てみたい。

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2017年1月25日 (水)

稀勢の里の口上が素晴らしい

稀勢の里が横綱に昇進した。
日本出身の力士としては19年ぶり。
若乃花以来のことである。

あまり詳しく知っている人も少ないと思うが、昇進は相撲協会が横綱審議委員会に打診(諮問といいますが)して、そこで議論されて決まることになっている。そこで昇進が決まれば、伝達式と言われる、皆さんも見たことのある儀式が行われる。この伝達式で、若貴兄弟が4文字熟語を取り入れて、次はどんな熟語だ?みたいな変な風習になったものである。

稀勢の里はちょっと噛んだが

「横綱の名に恥じぬよう精進致します」

という口上で応じた。シンプルで素晴らしい。これぞ日本の横綱。

既に14日目で優勝が決まっていたのだが、千秋楽は横綱白鳳戦。白鳳も絶対に負けられないという意地なのか素晴らしい出足から一気に攻め立てたが、稀勢の里の粘り腰で白鳳をいなして勝利。思わず声が出る熱戦だった。

横綱は長い相撲の歴史の中で稀勢の里を合わせて72人しか存在していない。
それが横綱であるということである。

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2017年1月20日 (金)

必見「夜の巷を徘徊する」

マツコが街をロケしながらうろつく番組である「夜の巷を徘徊する」の特別編が年末に放送されたのであるが、これが必見だった!

特別編ということで、普段は夜の街が舞台になるところを、トヨタ自動車の研究施設を訪れる様子が放送された。当然のように至る所にモザイクがかかっていたが、豊田社長とマツコの掛け合いが絶妙に面白かった。

特にマツコのモータースポーツへの造詣の深さが並大抵ではないことが随所にうかがえる内容だった。

今年からトヨタはWRCに復帰するが、チーム監督を務めるのは伝説のラリードライバーであるトミ・マキネンだが、テストコースでマキネンに会った時のマツコの歓喜具合もとても好感が持てた。

また、優秀なテストドライバーの技能がいかに凄いものなのか、マツコの反応からもうかがい知ることができた。

番組では触れなかったように記憶しているが、豊田社長自身が、成瀬さんというトヨタが世界に誇ったテストドライバーから高度な運転技術を学んでいることや、その成瀬さんが海外でのテストの際に死亡したこと、そのような事実を踏まえてこの番組の豊田社長のドライビングテクニックなどを見ると、特に深い感慨に浸ることができる。

単なる娯楽番組という枠を超えた素晴らしいコンテンツだった。
なお、動画としても公開されているらしいので、是非ともご覧ください。

さて、今週末はラリーモンテカルロ。2017年WRCシリーズの開幕戦だ。
復帰戦をトヨタはどう戦うのか、こちらも必見である。

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2016年12月26日 (月)

真央ちゃんのワースト12位

全日本女子フィギュアで真央ちゃんは自己ワーストの12位に終わった。同じ大会で引退を示唆した村上佳菜子とは違って、真央ちゃんは現役続行とのこと。

女王スルツカヤを破った中学生の頃が絶頂だったように思うけれど、残念ながら年齢制限で直後のオリンピックに出場できず、キムヨナに負けたバンクーバーでの涙が今でも忘れられない。

しかし、SPでの失敗を見事にフリーの演技で挽回したソチでの滑りは世界の人の心に強く残っている。大概のスポーツを見てきてその結果にも詳しいと自負する私だが、ソチでの結果の順位は全く覚えてないし興味もない。でも、あの時のフリーの演技はフィギュアスケートという枠を飛び越えて、この何十年かの中でスポーツ全体としてみてもとても素晴らしいものだったと思っている。

深夜のオリンピック中継を見ながら、恐らく競技としての最期の滑走(その時点ではそう思ってた)を、「真央ちゃんが納得する滑りをしてほしい」と願いながら見ていた私だが、今でもその時の真央ちゃんからもらった勇気と感動を忘れることはできないし、涙が自然と出てくる。それほどの演技だったと、全世界も認めていると思う。

真央ちゃんが納得していないのならば続けて欲しいとは思うけれど、もう競技生活としてはシューズを脱いでもいいのかな、、と思う。

真央ちゃんの滑りはスポーツそのもの。駒のようにくるくる回転することは、身長や体重等の関係もあって中学生の時が一番飛びやすかったのかな、と素人的に思う。力学的な課題を練習や表現で補ってきたと思うけれども、やはりスタイルの問題で真央ちゃんでも克服できないものがあるのだろう。

それにしても、精神的にもとてもつらいと思われる競技終了後でも笑顔でマスコミにきちんと答えてくれる真央ちゃんは素直に素晴らしいと感じる。なかなかできないこと。

真央ちゃんはどこで納得するのだろうか。

ただ、言えることは、いつ競技をやめても全世界が「真央ちゃん、お疲れ様。今までありがとう。」と心から労いの言葉を掛ける事だろう。もちろん私もそのひとりである。

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2016年10月21日 (金)

平尾さんの走りはセンスの塊

元ラグビー選手の平尾さんが亡くなった。
とても残念。

スクールウォーズというドラマになったことでも知られているが、私はこのドラマを見ていない。平尾さんが現役の高校生だった頃、当時も放送されていた全国大会の結果を知らせる夜のテレビ番組で、山口良治監督率いる伏見工にスポットが当たっていたのを今も鮮明に覚えている。試合開始前から山口監督は感極まって泣いていた。いわゆる泣き虫先生と言われる所以だ。

その後、大学・社会人と、優勝請負人とまで言われるようになった平尾さんだが、その走りのセンスは抜群だった。ラグビーではよくステップを踏むという言い方をされるが、平尾さんがステップを踏みながら走れば誰もタックルできない。軽やかに駆け抜けていく平尾さんの走りは驚異的だった。センスの塊。そんな表現がよく似合う。

ヤフーニュースを見ていて、高校一年の時に京都府大会決勝で負けた相手が、自分がほぼ入学が決まっていた花園高校だったこと、その花園高校から伏見工に進学を変えさせた(説き伏せた)のが山口監督だったこと、など恥ずかしながらその部分は知らなかった。

決勝で花園高校に負けたのはどれほどの悔しさだったのだろうか。

2年生の時に全国大会出場、そして3年生の時に全国制覇するところはスポーツファンであれば誰もが知っていることであるが、1年生の時にそこまでの悔しさを味わっていたことが、平尾さんの華やかに見えたラグビー人生に似合わない気もするが、それが原点なのかもしれない。

ご冥福をお祈りします。

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